科学として有効な質を持つ情報を扱わない論は、科学的にはならない

 前回のエントリに、思いもよらずfinalvent氏の反応があった(江戸時代から明治時代の脚気の原因はカビ毒によるものだったか - finalventの日記の本文最後の部分)ので、折角だからその部分に言及してみよう。


 ……でも正直な話、NATROMさんの最新エントリやる夫で学ぶ脚気論争 - NATROMの日記(とても面白い)の続編を待ちたい気持ちも。
 私が横であれこれ言ってると話を発散させる事になるかもしれないし。


 さりとてやはり反応が有ったのを放置するのもどうかなと思うので、本論。
 以下、分かり易いように引用元で私の前のエントリから引用されている部分には文頭に【あ】、finalvent氏の言及には【f】と付けさせて貰ってます。


(引用)

【あ】それこそ「(比較的)肯定されている」と「否定されていない」の『妥当性の強弱』を考えて下さい。


【f】そこを再考してみましょうということですよ。FAOの文書を読んでご覧なさい。



(意訳)
 カビ毒説はビタミン説と比較しても脚気の原因として科学的に肯定される強度を持つ仮説なのだ。それはFAOの文章を読めば分かる。
(言及)
 finalvent氏が示しているFAOの文章に記載してある脚気に関する記述の部分は要約的説明であり、『科学的な判断』の材料を提供するレベルの物ではありません。
 カビの名称、カビ毒の構造、『acute cardiac beriberi(=Shoshinkakke、衝心脚気)』の症状について記述はあるにはありますが、それだけです。(※穀物に関するカビ害防止とコントロールについて広く触れた文章で、脚気について深く記述された物ではない)
 FAOの文章はFAOという国際機関の文章であるが故に『国際機関で認知されている』という例証にはなるかもしれませんが、それ単独では『カビ毒説が証明された』事を担保出来ません。


(引用)

【あらいさん】ビタミンB1で改善したという過程(報告例)を無視しておいて妥当性の強度も糞もありませんね。
 『歴史的な脚気』の定義からして確定してないのにカビ中毒説が妥当というのも無茶な論理展開です。


【f】ここはただの誤読ですよ。強いカビ毒説ではビタミンB1の改善は保護です。部分カビ毒説ではビタミンB1と衝心性脚気は別です。
 「『歴史的な脚気』の定義」ですが、衝心性脚気に注目されているということです。体調が悪いなというくらいではなく、心臓停止で数日で死者がでるという問題でした。



(言及)
 これまでの議論と合わせると、finalvent氏の言う『歴史的な脚気』とは、
『衝心性脚気症状を起こした脚気(様の症状)で、ビタミンB1欠乏で発症する脚気とは別物』
 という理解で確定させていいのでしょう。言い換えると、
『衝心症状を呈する重度の脚気は全てカビ毒によるものであり、ビタミンB1欠乏で脚気は起こらない』
 finalvent氏はカビ毒説は証明されていると言ってますので、同時に以下の事が証明されていると言っている事になります。


1.現代においてビタミンB1の不足で発症した脚気を放っておいても衝心症状は起こらない
2.カビ毒中毒による脚気症状が軽い段階でビタミンB1を投与しても症状は改善しない


 妥当性の強度的にこれはどうなんでしょうかね?
 以下の引用部分からすると、finalvent氏にとって『妥当性の強度』は3段階しか存在しないようですけども。


(引用)

【あ】妥当性の強度を議論するなら『AのみかBのみ。さもなくばAとBは等価』なんて単純な三択にはなりません。そんな乱暴な考え方は全く科学的ではない。
【f】エーテル説も有りとか?



次。


(引用)

【あ】現在の所は最も妥当だと認められる説を覆し得る妥当な説明が、相応の手続きを踏んで科学であると認められない限りは、現在の所最も妥当だと認められている説明こそ妥当であると認めるのが最も科学的な態度に近い。
【f】マイコトキシンの学説史を知らないだけでは?

(言及)
 下で再引用した部分にも出てきますが、『肝心な所の説明』、つまりはfinalvent氏の言う『学説史』の中で『科学的な判断材料』として採用出来る部分を明らかにして下さい、という事なんですけどね。
 少なくとも『Eijkmanの最後の弟子は、Eijkmanは最後まで毒素説が正しいと確信していたと語った』という学説史(?)は『科学的な判断材料』にはならない訳です。 


(引用)

【あ】さておき、少なくとも私は今のまま肝心な所の説明をしないfinalvent氏を科学的であると認める事は無いでしょう。
【f】まあ、そういうA_lie_sunさんに認められてしまったらそれはそれでなんですが。

(言及)
 仮に私がfinalvent氏の言う『マイコトキシンの学説史』に関する見識が浅かろうと、finalvent氏がカビ毒説の確たる証拠となる得る何らかの物を知っていようと、肝心な所を開示しないままにマイコトキシン説は妥当であると主張した状態が継続される限り、finalvent氏は科学的な妥当性の議論のステージに上がる以前の科学的ではない状態なのです。




(余談)
 そういう訳で「いつかは定説に異を唱えるに足る科学的な判断材料としての強度を持つ何かが開示されるかもしれない」という「科学的な興味・好奇心」が、今もなお多くの方がこの議論に関心を残す理由の一つだと思います。
 現在は多くの方が満足されない「科学的な興味・好奇心」を抱えていると思いますが、どうやらそう遠くない内にNATROMさんの手によってかなりの所が満たされる事になりそうですね。